君の世界

その場にはしばしの沈黙が広がっていた。 最初に破ったのは、なんとも情けない女の声だった。 「ちょっと、いい加減話しなさいよ〜!わたしは関係ないって言ってるでしょ〜!?」 「嘘はダメでしょ?ちゃんとごめんなさいしないと。」 「何でわたしが…」 「悪いことしたから。」 昼間は俺に女は優しく扱えといっていたくせに、 当の水城は女の髪の毛を引っつかみ、かなり力強く引っ張っているように見える。 その可愛い顔とのギャップにその場の誰もがぽかんとしている。 やがて、我に返った大将が水城につっかかる。 「て、てめぇ、俺の女に何しやがるっ」 「え、お仕置き。」 ……………うん。 何か文句あるかと顔に書いている。 笑顔が怖いよ、水城さん? そう思ったのは俺だけじゃないらしく、 大将を始め他の強面の兄ちゃんたちも青筋を立てていた。 しかし、この女が大将の女だったとは…。 俺は女をマジマジと見る。 女は俺の視線に気付くと、罰が悪そうにそっぽを向いた。 そして、そのタイミングを見計らったかのように、水城が女の髪の毛を引っ張る。 「いったぁーいっ!!」 「だから謝りなってば。告白したのは君のほうだったって。」 「な…ゆ、百合?そうなのか…?」 大将が信じられないといわんばかりに百合と呼ばれた女に聞きかえす。 女は慌てたように弁解を始める。 「ち、違うの〜。あれはぁ、ほんの罰ゲームでぇ…痛い痛い痛〜い!!」 「ウソツキ。辰巳に振られた腹癒せにこの人使ったくせに。」 「百合…」 その後、すっかり気を落とした大将は、 女の頬をを一発ビンタすると、俺に頭を下げ肩を落として去って行った。 女は頬を押さえたまま立ち尽くしていたのをそのまま放置してきた。 そして、俺と水城は人気のない住宅街を歩いている。 「…。」 「頬大丈夫でしたか?」 「っ…ぉ、おう。」 「良かった。間に合って。」 ニコリと笑う水城は何時も通りのぽやぽやした水城に戻っていた。 「なぁ。」 「はい?」 「何であそこにきたんだ?」 「あぁ、それはたまたまです。」 水城曰く。教師に頼まれた資料を取りに行ったとき、 あの百合という女とその取り巻き達の話を聞いてしまったらしい。 それは前に告白した男にヤンキーを送り込んでやったという内容のもので、 この間の告白シーンを思い出した水城は、 その”告白した男”が俺であることがすぐに分かり、 学校からあそこまであの女の髪の毛を掴んでやってきたのだという。 「それにしても、危なかったですね。」 「何処が。」 「だって、辰巳暴れそうになっていたでしょう?」 「昔じゃないんだから押さえくらいき…く…って、え!?」 俺は驚き水城に目を向ける。 水城はやはりにこにこと笑っていた。 「やっぱり、そうだったんですね。 平生 辰巳(ヒラオ タツミ)。むかし、僕の家の道場に通っていましたよね?」 「覚えて…?」 「はい。忘れる訳無いじゃないですか。 あのころは僕のほうが背が高かったので、ちょっとピンと来るまで時間は掛かりましたが。」 そう。 水城こと、水城 虎彦(ミズシロ トラヒコ)の家は近所で有名な空手道場をやっていて、 俺はそこの門下生だった。 小学3年のとき、親の都合で俺が引っ越すまでの間だったが。 こっちに戻ってきて、高校に入ったとき、水城の名前を見つけて驚いた。 まさか、同じ学校に通うことになろうとは。 さすがにクラスは違ったが。 更に驚いたのは、昔の水城は女の子と見間違うほど可愛かったが、 さすがにもうそれは無いだろうと思っていたにも拘らず、 水城が思いきり昔の面影もそのままに育っていた事だった。 水城は上と下に1人ずつ女兄弟がいて、 彼女達のブラコンぶりは昔から秀でていたが…。 道場の息子でありながらこんな風に可愛く育ったのは彼女達のお陰なのだろうと思う。 名前負け…そう思わずにはいられなくなる容姿だが、 水城…いや、虎彦ははっきり言って強い。 や、俺が弱い訳じゃないぞ!? 「空手は転校先でも続けてたの?」 「あぁ、一応。」 「強いやついた?」 「水…虎彦ほどじゃなかった。」 「そう?」 「あぁ。」 「大会とかでは会わなかったね。」 「出なかった。」 「…何で?」 「ちゃんと、お前に勝てるって思うまでは出ないようにしてた。」 「僕?」 虎彦は不思議そうに首を傾げる。 俺は足を止め、虎彦を見据えた。 虎彦は相変わらず、”?”を浮かべていたけれど、 今しかチャンスはないと、そう思った。 「格好悪いだろ。好きなヤツに負けるとか。 お前は自分より強いやつにしか興味ないだろうから、 …強くなろうって決めたんだ。」 沈黙。 「え……… ぅぇええええぇぇえぇっ!?」 辺りに虎彦の声が木霊する。 虎彦は顔をユデダコ状態にして顔を両手で覆い隠した。 いくら鈍くても、今のは告白だとちゃんと分かったらしい。 (…良かった。) 一安心だ。 「ちょ、ちょっと待って!? 友達としてじゃなくて、何かそれああぁぁぁああああっ」 「愛の告白だ」 ぼんっ 再びそんな音が聞こえるくらい真っ赤になる。 「あぁ、そうだ。俺、またお前の道場に通うことになったから。」 「えぇ!?」 「すぐにお前に勝ってもう一度…つーか、今日よりもくさい台詞で口説いてやる。」 「〜〜〜〜〜っっっく、くど……!!??」 「あぁ。それまでは…」 そう言って、二度目のキスを虎彦にする。 「た、辰巳っ!?」 「コレで我慢しておいてやるよ。」 これで、君の視界には入った。 次は君の世界が、 俺なしじゃいられなくなるようにしてあげよう。 END