涙-ルイ-

あぁ、もう少しだけ夢を見させて。 ウソでもいいから、 好きと言って。 【涙-ルイ-】 僕を愛して。 僕を愛して。 嘘でもいいから僕を愛して下さい。 後でどんなに非難してもいいから。 後でどんな罰でも受けるから。 でもどうか、今だけは… 好きと言って。 俺の部屋のベッドの上には今、 彼がいる。 彼、とは俺の兄貴のこと。 面倒見がよくて、 真面目で、 野球バカな、 俺が唯一認める人間。 その兄貴を今、俺は監禁している。 手足をベッドに括り付けて自由を奪い、 満足に抵抗のできない兄貴を俺は、 3日間、犯し続けた。 「兄貴、起きて。」 「ぅ……」 「兄貴。」 「……ゆ…と?」 「うん、そう。俺、佑十。」 掠れた声。 いたる所に散りばめられた赤い軌跡。 俺がつけた。 こんなのはただの独占欲。 ただの我侭。 こんな事をしたって兄貴は俺のものにはならない。 そんな事は分かってる。 それでも、 そうせずにはいられなかった。 そうしないと、狂ってしまいそうで。 壊れてしまいそうで、怖かった。 「佑十…」 「ん、なに?」 「ここから、出…して」 「ゴメン、兄貴。それはダメ。」 「お願…出して。」 「ダメ。だって逃げるでしょ?兄貴は。」 逃げるでしょ? こんなにしちゃったんだもん。 もう一緒にはいてくれないでしょ? 笑ってくれないでしょ? そんなのダメ。 許さない。 許せない。 「…げない、逃げな…から。」 「嘘だよ。」 「…そじゃな…」 「ううん、嘘。 逃げなきゃダメだよ、兄貴。」 「…ぉ、まえ…言ってる事、無茶苦茶。」 そう言って、兄貴は苦笑した。 どうして笑ってくれるの? 辛いでしょ? 痛いでしょ? 俺が…憎いでしょ? 俺は徐に兄貴をベッドに繋いでいた紐を解いた。 兄貴に困惑の色が浮かぶ。 俺は、少し離れたところにある椅子に腰を下ろし、 出口であるドアを指差した。 「出ていきなよ。」 「…佑十?」 「早くしなよ。気が変わっちゃったらどうするの? 今度こそ、出してあげないよ。」 「……。」 少し躊躇していた兄貴は、 俺のその言葉を聞いて弾かれたように顔をあげると、 何か言いたそうにしていたが、やがて重い体を引きずって部屋を出て行った。 ドアが、 閉まる。 「……っめんなさ…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」 独りになった途端、酷い喪失感に襲われた。 俺自身が俺を哂う。 批判的な目を俺に向けて。 そこはひどく暗くて、冷たくて、苦しくて…、 寂しくて、怖い。 自分ではもうどうしようもなくて、何も分からなかった。 何時ごろだっただろう。 兄貴を好きになったのは。 何時からだっただろう。 兄貴に俺と同じものを求めるようになったのは。 いつも俺に笑いかけてくれる兄貴に、 救いを求めていたのは。 俺はただ…ただ、兄貴に… 「佑十!!」 体が温かい。 何かに包まれている感覚。 コレは…知っている。 ずっと昔から。 知っている。 「佑十、佑十…おぃ、佑十っ」 「…あ、にき?何で…」 気か付けば、俺は兄貴に肩を揺さぶられていた。 俺は何故、兄貴が俺の目の前にいるのか理解できず、 思わず兄貴を凝視した。 「馬鹿だな。ただ服を着に行っただけだっての。」 「…馬鹿はどっちだよ、何で逃げないんだよ…せっかく、」 逃がしてあげたのに。 そう続けようとして、出来なかった。 兄貴に頬を平手打ちされたから。 「……。」 「弟にやられっぱなしで逃げられるかよ。 それに、こっちはお前に言いたい事が山ほどあるんだからな。」 ビクリと反射的に体が揺れた。 拒絶は聞きたくない。 今、兄貴に拒絶されたら…俺は。 「好きだよ。」 「…へ…」 「聞こえなかったか?好きだって言ったの。」 今度は聞こえた?と、首を傾げてみせる兄貴。 俺は信じられなくて目を見張る。 「何で、だって俺は兄貴に…」 「待て。言うな、言ってくれるなよ、恥ずかしいから。」 この3日間のことを思い出したのか、兄貴の顔が赤く染まった。 そして、兄貴は俺に手を伸ばし、ゆっくりと抱きしめた。 「ったく、捨てられた子犬みたいな顔しやがって… 嫌いになれる訳ないだろっ、ホント、ずるいよ、お前。 声、丸聞こえだったぞ。謝るくらいならやるなよ。」 「だって…兄貴最近部活で朝は早いし、夜は遅いし、 俺、何度も好きだって言ったのに…何も言ってくれなかったから…」 だから、強硬手段に出た。 避けられてたと思ったんだ。 嫌われたと思った。 「あ〜…それは本当に野球の試合があったんだよ。3日前に。 それで、朝練とか、放課後もいつもよりハードでさ、ゴメンな?」 「佑十… 好きだよ。」 ごめんなさい。 ウソでもいいなんて嘘だ。 嘘なんかじゃ嫌だ。 やっぱり、本気で言って欲しい。 その一言だけが、 欲しいんです。