白と黒の狭間で揺れるラプソディー

あぁ… 限界だ。 俺の中で、何かが切れる音がした。 【白と黒の狭間で揺れるラプソディー,FILE-0】 もううんざりだった。 何もかも。 男同士、でも恋人。 告って来たのは向こうからなのに、浮気浮気浮気。 アイツは俺をからかっただけなんだと分かってから、 俺の心は急激に冷めて行った。 何度言っても聞きやしない。 悪びれた風もなくさらりと紡がれる謝罪にも厭きた。 女男関係なく、とっかえひっかえ。 触られる事にさえ嫌悪を覚えてしまう。 後はもう頼むから、これ以上俺の心を乱さないで欲しかった。 さぁ、別れを告げよう。 最後くらい、精一杯の笑顔を向けて。 精一杯の悪態と共に。 バタンッ 浮気現場に堂々と踏み込む俺。 そこには見知ったコイビトの姿と 知らないセフレの姿。 最後の最後まで… そんな言葉が頭を過ぎる。 何故みんなこいつにつられるのだろう。 何故こいつは次々と誑かしていくのだろう。 何度も考えてきた。 数え切れないくらいに。 「ちょっと…誰コイツ」 情事を邪魔されて腹が立ったのだろう。 セフレが荒々しい口調でコイビト…康祐に言う。 康祐は面倒臭そうに体を起こし煙草に火をつけていた。 「あ〜…彼氏。」 「は?これが??」 セフレは見定めるように俺を見る。 そして、自分の方が上だと感じたのだろう。 俺に…まるで可哀想なものでも見るような目を向けてきた。 まぁ、確かに平凡だからね、俺。 康祐はいつもそうだ。 俺への宛て付けと言わんばかりに見た目のいい奴ばかりを相手にする。 「ねぇ?アレの何処がいいの〜? 僕が恋人になってあげるからアレと別れてよ〜。」 男の癖に女のような言い回しと仕草で康祐を誘う。 しかし康祐は興味がないのか、そ知らぬフリで視線を俺に向ける。 セフレもそれが気に入らないらしく、 俺を睨みつけると幾分先程よりも低い声で言った。 「ちょっと、アンタさぁ状況見て分かんないかなぁ? 僕たちこれからがイイところなんだよねぇ… 彼氏か何か知らないけど、出てってくんない??」 その言葉に思わず笑が込み上げてきて、 我慢できなくなった俺は口許に手を当て肩を振るわせた。 だってそうだろう? コイツは何も分かっちゃいない。 捨てられるという意味では俺もコイツもさして変わらないのだ。 いや、違うか。 コイツは捨てられるが、 俺はこれからコイツを捨てるんだった。 そして、顔を上げると、康祐が不思議そうに俺を見ていた。 あぁ、いつもと反応が違うから戸惑っているんだろう。 流石は康祐、正解だよ。 俺は康祐に柔らかく微笑みかけた。 「…雪?」 俺の名前を呼ぶ康祐の声。 それが俺の胸を締め付ける。 解放してくれ。 もう、苦しくて溺れてしまいそうなんだ。 「康祐…」 「嫌だ。」 「はは…まだ何も言ってねぇよ」 やはり康祐はすごい。 俺の言いたいこと分かってる。 いつもと違って本気だってことも。 だって俺、この部屋の入り口から一歩も動いてないもんね。 何でかだって分かってるだろ? お前に捕まったらきっと俺はまた、お前を許してしまうから。 それだけは避けなくちゃいけないから。 お前が嫌だって言っても止めないよ。 「康祐、別れよう?」 「雪っ…」 「限界なんだ。」 「嫌だ」 「康祐… ばいばい」 そして俺は玄関を出て一目散に駆け出した。 早く早く早く…。 それだけを思って。 背中に康祐の声が聞こえた。 アイツが大声を出すのは久しぶりに聞いた気がする。 すこしして、新しい住居に着く。 俺はエレベーターを待つこともせず、15階まで駆け上った。 玄関を開けて、中へ入り、そのまま力尽きたように扉伝いにずるずるとへたりこむ。 肺が焼けているのではないかと錯覚してしまうほど熱い。 咳き込みながらも息をして、乾いた笑みを漏らし続けた。 「はぁ、はっ…ふ、ふふ…あははっ…ぁははははは…」 両手で顔を覆い、何度も目を擦る。 何故涙か出るのだろう。 何故心が痛むのだろう…。 何度も裏切られてきた。 何度も傷付けられてきたじゃないか。 解放されたんだ…ようやっと。 喜べ…喜べ自分… けれど…本気で好きだった…。 本当に好きだったんだ。 短い間だったけれど、その中に詰ったものが大きすぎて簡単には忘れられそうに無いよ…。 あぁ、苦しい苦しい…息が、ココロが苦しいよ。 こんなに苦しいくらいなら、もう誰も好きにならないよ。 好きになんかならなければ、こんな思いをしなくて済むのだから。 「あぁ…クソ。 肺が」 ココロが 痛くてたまらない…。