LOST

愛してた。 俺には君しかいなかった。 見えなかった。 苦しめてごめん。 自分勝手でごめん。 こんな俺を許してくれた君を、 俺は手放そうと思います。 【lost act,23】 俺がばら撒いた灯油の上に、 何のためらいも無くライターを投げた春日。 あっと言う間に炎は俺たちを覆った。 春日は暫くすると煙を吸ったのか気を失ったらしく、 俺を抱き締めていた腕が緩んだ。 俺は痛む腹を押さえ、ゆっくりと立ち上がり最期の賭けに出る。 春日の体を抱え、道を塞ぐ炎の熱さに眉を顰めつつ、 ゆっくりとその部屋を出る。 廃墟と化していた病院内には木材が点在していた事もあり既に何処も火の海だった。 それでも、春日が点けたものと思えば何も怖くはなかった。 ゆっくりと、それでもしっかりとした足取りで俺は歩き出した。 「…春日…」 気を失っている春日からの返答は当然ない。 しかし俺は続けた。 「春日…お前が生まれて来た時、俺は本当に嬉しかった。」 輝く銀糸に、真っ白い肌。 赤ん坊だというのに人外の美しさすら感じた。 俺を見て笑う君。 その姿に子供ながらに見惚れてしまった。 何時から… 何時から俺はこんなに捻じれてしまったのだろう。 ただ、君と一緒にいたかった。 それだけだったんだ。 「それも今日で終わりにするよ…」 何の迷いも無く、一緒に逝くと言ってくれただけで十分だ。 もういい。 俺は君に死んで欲しい訳じゃない。 これからは… 「シュンっ!!」 そんな声とともに現れたのは俺がブッ刺した赤髪。 春日を抱える俺を見た瞬間、 その視線だけで人一人殺せるんじゃないかと思うくらい睨んできた。 その時、微かに腕の中の春日が動いた気がして視線を向ける。 「…爛…?」 「シュン…」 意識が戻った訳ではないらしく、 赤髪の姿を虚ろな目で捉えると春日は仄かに笑みを浮かべ、再び目を閉じた。 「…シュン、返せ。」 「…。君、病院抜け出してきたの?」 「だったらなんだ。」 「春日がそんなに大事?」 一瞬、いぶかしむ様に眉を顰めた赤髪は、 何かを悟ったように真剣な目で俺を見た。 「あぁ、大切だ。不本意だが、他の奴らにとっても。」 「…そう。」 とても不思議な感覚だった。 未だ炎は辺りを紅く染めていて、俺たちの体を今に飲み込まんとしているはずなのに、 全く熱さを感じなかった。 「…情けない話だけど…今の今まで、まるで夢の中に、 悪夢を見ていたような気分なんだ。 俺は春日を傷付けたい訳じゃなかったはずなのに…。 ただ、好きだったんだ。弟として、1人の人間として。 けど、いつの間にか俺は…狂ってしまっていた。」 赤髪は何も言わず、ただ俺の話を聞いていた。 春日には決して見せたくない情けない俺の姿。 こんな炎の中、腹の怪我を気にする事も無く飛び込んできたこの青年になら、 見せても構わないと…そう思った。 そして、俺は問う。 「春日を…守ってやってくれるか?」 俺が壊してしまった心を、癒してくれるか?君は。 春日の体を青年に差し出しながら俺は問う。 青年は俺を見つめた後、春日をその腕に寄せた。 ふと、喪失感に襲われ、思わず春日の頬に触れた。 「春日…俺は…」 本当に、君が好きだった。 それから俺は彼らに背を向け歩き出す。 背後から青年に何処へ行くのかと訪ねられ、思わず、 「死ぬ訳じゃないから、気にしないで。」 と言っていた。 そう。 今死んでしまったら春日が一生俺に囚われる事になる。 そんな囚らえ方は、もうしたくなかった、俺の最後の強がりだ。 「俺も生きるから、お前も生きろ、と伝えてくれ。」 ちょっと臭いセリフだが、それで春日が安心してくれたらいい。 そして、俺は彼らの前から姿を消した。 今、目が覚めたよ。