LOST

おいこら、分かってねぇだろ。 どれだけお前が、 俺たちにとって大事かって事。 お前はそうやって、 軽々しく自分の身を投げちゃいけぇねんだぜ? 分かれよ…、 馬鹿シュン 【lost act,22】 自分の仲間に、手を挙げたのは初めてだった。 いや、昏とは一度…昏がまだ仲間になる前に戦ったことがある。 あの時よりも、今のほうが弱かった。 違うな。 わざと、手を抜いてた。 ゴメンな。 腹に打ち込む瞬間、 そう言ってやると昏はただ目を見開いていた。 そして、全てを悟ったんだろうと思う。 僕が考えている事、 僕が実行しようとしている事、 昏が必死に縋り付いてきた感触が取れないまま、 僕は兄貴のもとへと戻っていた。 「やぁ、春日。お帰り。 ちゃんと始末は出来た?」 すぐに僕に気付き、近寄ってくる兄貴。 ねぇ、兄貴? 僕が心の中であなたを”兄貴”と呼んでいることに気付いてないでしょ? 僕はもう、”昔の僕”じゃないんだよ? 現実を見て、 僕を見て、 兄貴が望んでいたのはこんな関係じゃなかったはずなんだ。 もう、戻れないの? 後には引き返せないの? 兄貴にとって”今の僕”は不要なの? 兄貴…せめて一緒に逝ってあげる。 「かす…が…?」 「”兄貴”…もぅ、終わりにしようか。」 今日二度目のその言葉を、 あなたは理解できていますか? 驚愕に満ちた顔をしたまま床に崩れ落ちた兄貴を見下ろすように見つめ、 僕は兄貴の元へ来る前に立ち寄った手術室から拝借したメスをその場に落とした。 「春日…な、ぜだ…?」 「兄貴。」 「俺は、お前が…ただお前のことが…」 「うん…知ってる。…だからね、 一緒に、逝こうか。」 お父さんとお母さんの元へ。 「もう、離れないからさ。一緒。ね?」 まるで、僕がお兄ちゃんみたいに兄貴をあやす。 兄貴の頭を抱え、胸に抱く。 すると、兄貴は震える腕で僕を抱きしめ返した。 兄貴の腹部辺りの白衣は鮮血に染まり、 夥しい出血をしていることを証明していた。 僕は言う。 「兄貴、ライターは?」 兄貴は無言のまま懐を探り、やがてキレイな銀色のライターを取り出した。 僕はそれを受け取り、躊躇い無く火をつけ様とした。 その時、兄貴が僕の手に兄貴のそれを重ねてきた。 「兄貴?」 「お前は、いい、のか?」 その目は昔の優しかった頃のもので、僕は自然と笑みを零していた。 兄貴を抱きしめる腕に力を込め、甘えるように頬を摺り寄せた。 「いいよ。兄貴が寂しくないように、僕も一緒に逝ってあげる。」 こんな形でしか救えない僕を許して欲しい。 僕にはもう、他に方法を考える事が出来ないんだ。 確実に死に近付いているからだろうか、 いろいろなことを思い出す。 そういえば、比呂と秋一に最近会っていなかったことを思い出す。 遊びに行こうと約束していたのに…2人には心配を掛けっぱなしだったから、 また学校に戻れたら2人に恥ずかしいけど大好きだと伝えたかった。 ”風神”のみんなも…きっと僕を探してるよね。 無責任な総長でごめんなさい。 ”雷神”も…僕を追ってこんなところまできてくれるなんて思ってなかったから、 ちょっとだけ嬉しかった。 そして、翔伊…。 ちょっと変態染みたところはあるけど、 僕をたくさん愛してくれた。 大事な僕の家族。 思いが渦巻く。 溢れる。 くだらないと思っていた世界に、こんなにも大切なものがありました。 こんな形でだけど…知れてよかった。 そして僕は、ライターに火を点け、 床にばら撒かれたままの灯油の中へ…落とした。 「シュンっ!!!」 燃え盛る炎の中、 それよりも赤い物が揺らいだのは、 きっと最期の僕の罪悪感…―――――