LOST

気付けなかった。 その一瞬まで。 勘違いしてた。 お前が、そんな軟なヤツじゃないってこと、 忘れてた。 「すみませんでした…」 そう言ってお前が笑うまで。 涙を流すまで。 気付けなかった俺を許して。 頼むから… お願いだから、 「さようなら」 ”行くなっ” 【lost act,21】 シュンに… ”風神”の総長に俺が勝った事はない。 ”風神”は無敵だった。 最近は”雷神”と以外戦り合ってはいなかったらしいが、 それは相手にするまでもなく”風神”のほうが強かったから。 ”風神”は俺たち”雷神”と違って、 無駄な争いを好まなかった。 俺は、”風神”に追いつきたいが故に色んな族と戦り合った。 それでも、アイツには… ”風神”の総長であるシュンにだけは勝てなかった。 そのシュンが、今、俺たちを本気で殺そうとしている。 殺気で分かる。 アイツが本気だってことくらいは。 艶はその綺麗な顔を歪ませ、 涙を流し、 シュンに「やめろ」と叫ぶ。 それを助けるように蓮や昏も加わる。 一見優勢に見えるそれ。 けれど、アイツにはそんなんじゃ絶対勝てない。 当たり前だ。 アイツは本気できているのに対し、 俺たちは防御しかしていない。 助けに来た相手に牙を向けることがどうしても出来ない。 …惚れている相手なら尚更。 「目ぇ、覚ましやがれっ、クソが」 「シュンっ」 誰が何を言っても、シュンの攻撃は止まなかった。 1人、また1人と地に伏していく中、 何故か苦しそうに眉を顰めているヒコに違和感を持った。 艶、コタ、蓮は意識を飛ばし、 理事長、ミヤ、昏は呻きながら蹲っていた。 と言いながら俺も立っているのがやっとの状態で、 ヒコも負傷した右肩を押さえ、門に寄りかかっていた。 「…もぅ、誰も動けないょ…シュン」 不意に、ヒコが言った。 その言葉にまた違和感を覚える。 「な、に言ってんだ?ヒコ…」 「…?」 俺と、辛うじて意識のあったミヤがヒコに視線を向ける。 ヒコはチラリと俺たちを見ただけでまたすぐにシュンを見る。 気が付けば、シュンは動きを止めていた。 「シュン…?」 「まだ、です…」 「…がっ!?」 今まで、誰のどの言葉にも反応を示さなかったシュンが、 言葉を発したと思った瞬間、 俺は腹部に痛みを感じた。 しかし、それは手に持っているガラス片で刺された痛みではなく、 シュンの、拳だった。 「てめっ…初めから正気っ…」 「うん…すみません。」 ポタリと、何かがシュンの頬から流れ落ちた。 やけに重く入った拳をゆっくりと引かれ、 支えを失った俺の体はがくりと崩れた。 気付けなかった。 その一瞬まで。 勘違いしてた。 お前が、そんな軟なヤツじゃないってこと、 忘れてた。 「か、すが…やめろ…」 振り絞るような声で理事長が言う。 シュンは振り返り、苦笑した。 「シュン…」 蚊の鳴くような声で昏が呼ぶ。 いつの間に来ていたのか、シュンの足に縋り付いていた。 大の大人がみっともないかもしれないが、 今の俺たちにはその程度の力しか残っていない。 シュンはやんわりと昏の手を解き、 優しい手つきで髪を梳く。 「すみません」 そんな言葉は聞きたくないとばかりに昏が首を振る。 ミヤは何かを悟ったらしく顔を真っ青にしていた。 あぁ、ここまでくれば俺にだって想像はつく。 「シューン…無駄かもしんないけど、 他に手はあるんでなぁい?」 と、ヒコ。 割と平気そうに話して入るが、 先程から立ち位置が変わっていないのを見ると、 足が限界なのかもしれない。 そんなヒコに シュンは泣きそうになりながらも笑っていた。 そんな顔を見たいわけじゃないのにな。 それでも、不機嫌な顔しか知らない俺たちは 嬉しいとか思っちまってる。 最悪だ。 泣かすなら、 啼かす方がいいのに。 揺らぐ視界に遠ざかる背中。 腕を伸ばして、 今すぐ立ち上がって、 その細い腕を掴んで、 抱きしめて、 引き止めたいのに… 「…んで、ぅご…な…」 本当に最悪だ。 泣くのなんて何年ぶりだ。 どうせなら意識がなくなるまで殴って行って欲しかった。 「…くしょ、畜生… 何でだよ!!何で動かねぇんだっ!!」 自分の体が、自分の体でないくらいに重い。 頗る腹が立つ。 攻撃を出来なかったことに、 知ってて動かなかったヒコ達に、 こっちの気も知らずに行っちまうアイツに、 気付けなかった自分自身に。 「すみませんでした…」 そう言ってお前が笑うまで。 涙を流すまで。 気付けなかった俺を許して。 頼むから… お願いだから、 「さようなら」 ”行くなっ” その言葉が喉の奥に引っ掛かって どうしても言えなかった。