LOST

「…待って、嫌だっ…お兄ちゃ…」 嫌がる弟の記憶を消した瞬間。 自分しか知らない弟がいることに歓喜した。 【 lost act,17 】 自分に懐いてくる弟を、兄弟としてではなく、一人の人間として好きだった。 周りの連中とは違う。 自分の意思で、何の欲も無く俺の傍にいてくれたあの存在が、たまらなく愛しかった。 両親はそんな俺の異常な感情を見抜き、俺から弟を奪った。 まだ弟が幼い頃…俺はこっそりと高校の寮を抜け出し弟に会いに行った。 「…お兄ちゃん…?」 久しぶりに会った弟は、驚愕と、喜びと、恐れの入り混じったような視線を俺に向けてきた。 そのことに多少の違和感を感じつつ、それでも弟に会えた嬉しさから俺は弟に抱きついた。 「っ…」 弟の体が強張ったのが分かった。 さすがにおかしいと思った俺は、弟に問いてみた。 すると、信じられないような答えが返ってきた。 「って…お兄ちゃん、僕のこときらいになったからお家出て行ったんでしょ?」 「え!?…だ、誰がそんなことを?」 「パパとママ。」 俺はまるで金槌で殴られたような衝撃を受けた。 あの人たちは、俺を弟から引き離すだけじゃ飽き足らず、根も葉もない嘘を弟に刷り込んでいたのだ。 煮えたぎるような怒りと共に、俺はある一つの策を思いついた。 それは一度弟を誘拐し、俺に関する記憶を消すという事。 たくさん俺と遊んで楽しい思い出を植え付けた後で。 また暫く弟と会えなくなるが、弟が自分の意思で考えられるようになるまで我慢することにした。 絶対にあの人たちの思い通りにはならない。 記憶を消す瞬間。 弟はぼろぼろと涙を零していた。 俺が…”また会えなくなる”と言ったから。 「…っく、にぃちゃ、…や、ぱり、僕、こと…嫌いなの?」 俺はその問には答えず、ゆっくりと弟の体を抱きしめた。 そして、記憶を消した後、家の近くの公園のベンチの上に寝かせるとコートを掛けてその場を後にした。 コートは目印。 あの人たちに、俺からの宣戦布告。 いずれ迎えに行く…その時は自分で選べば良い。 弟の決めた事ならあの人たちも文句は言わないはずだから。 なぁ、…そうだろう? …春日… 「それがどうだ!!あの人たちは死んだっ。 俺がわざわざ手を下す必要なんて無かった…当然だ!! 春日は俺を選ぶ…その事実を見せ付けてやりたかったのに、勝手に死にやがってっ…!!」 ぽっかりと開いた落とし穴の淵に立って、まるで舞台俳優のように声を張り上げた。 その顔には狂気が滲み出ている。 荒くなった息遣いだけが室内に響く。 顔に爪を立てて呼吸を整える。 そして、再び落ち着きを取り戻した冬路は薄い笑みを貼り付けた。 「春日は俺の…昔からそう決まってた。 邪魔者はもう死んだんだ…これ以上俺たち兄弟の邪魔をしないでもらいたいものだな。」 あぁ、今は聞こえていないかな? 冬路は、くつくつと笑いながら医院長室を後にした。