LOST

「やぁ、久しぶり。」 そんな軽い声音とは裏腹に、 周囲の気温は冷たさを増した。 「あぁ、久しぶりだな。 冬路。」 【 lost act,15 】 時はほんの5時間前に遡る。 ”風神”、”雷神”の幹部一行は、爛の病室に集まっていた。 爛は、一命を取り留めたものの一向に目を覚まさない。 麻酔が効いているので当然と言えば当然だ。 時々呻いてはそ眉間に皺が寄った。 面々の面持ちは暗く、自分の愚かさと無力さに苛立ちを隠せないでいた。 翔伊はそんな彼らを見回すと、 苦笑を浮かべながら口を開いた。 「そんなに自分を責めても春日は帰ってこないし、喜ばないよ。」 慰めのつもりで言ったのか、 厭味で言ったのか…それは定かではない。 しかし、そんな少し余裕さえ感じられる翔伊の態度に、 彼らは翔伊を睨み付けた。 「随分…余裕がおありなんですね。」 礫は普段と同じ笑みを浮かべて言ったが、 そのオーラはどす黒い。 あれだけ春日を溺愛していた翔伊が平然としている事に不満があるからだろう。 それは礫だけでなく、 ここにいる全員が思っていることなのだ。 翔伊は話を聞いた2日前こそ動揺を隠せず、取り乱していた。 が、その日以降の翔伊は、全く持って普通だった。 それが、彼らを苛立たせている原因の一つでもある。 何故そんなに余裕で要られるのか。 本当に春日を心配しているのか。 佐渡 翔伊。 全く持って理解不能な男である。 彼らのそんな不信の目線を一身に受けながらも、 翔伊の態度は変わらず、 呆れたように溜息を漏らすと、軽く肩を竦めてみせた。 「冬路が春日を拉致したのは、初めてじゃないんだ。」 『!?』 その言葉は、そこにいた全員が度肝を抜くには充分だった。 「どういうことだ…それは。」 いつもより、かなり低い声で誉は言った。 都賀 冬路…この男の名前を聞いたときの翔伊は確かに異常だったが、 それにしたってこんな新事実を隠されていた事に誉は怒りを隠せないでいた。 それは他の”雷神”幹部も同じであったけれど。 「誉の言うとおりだよ! 2日前、オレたちが報告しに行ったときは何も言ってなかったじゃないか!!」 廉太郎も信じられないと言わんばかりに誉に続く。 「馬鹿野郎。この俺に2回も同じこと説明させる気か?」 面倒臭い。 腕を組み、年齢も身長も一番高い翔伊は、 嘲りの笑いと共にそう言った。 (む……ムカつくっ!!!!!!??????) そして彼らの心は一つになった。 翔伊は、そんな彼らの心の叫びが通じたのか(いや、顔を見れば分かる)、 腹を抱えて笑い出した。 「いや〜…悪いな。少しばかりお前らを試させてもらったんだ。」 「……試す?」 訝しげな顔をして昏が言った。 それに翔伊は頷く。 「ここからは、お前らが思っている以上に危険なんだ。 まぁ、ムカつくが、お前らは俺の生徒で、 そっちの奴らは春日の大事な仲間だからな。 死なれでもしたら、俺が春日に嫌われる。」 結局は、翔伊も同じ春日馬鹿に過ぎない。 いつでも春日にとって最善の道を用意する、それが翔伊なりの優しさなのだ。 「春日は優しすぎるからな〜…。 たとえ”雷神”のお前らでも、 自分の所為で何かあろうもんならアイツは傷付く。」 それが春日だ。 彼らは何も言えないでいた。 春日を語る翔伊の目が、あまりにも優しかったから。 「お前達は合格。 殺しても死にそうにないし、何より春日馬鹿だ。」 「当たり前だよ。僕たちにはシュンしかいないんだから。」 「そうそ。シュンが居れば何もいらない…それが”風神”。」 艶と蓮はニタリと笑う。 全てはシュンの為に…そう決めた。 「それは…爛も同じだろうな。 ある意味コイツが一番執着してる。」 昏は爛に目を向けて言う。 「そうだよ…認めたくないけど、シュンも爛を一番信頼してた。」 艶は少し寂しそうな笑みを浮かべながら、欄に近付く。 そして… 「マジムカつく。」 そう呟くと、目を覚ましていない爛の頬を力いっぱい殴りつけた。 「「!?(汗)」」 ”雷神”の面々はその予想だにしない行動に目を見開く。 コタにいたっては「うっわ、痛そー」とさえ漏らしていた。 翔伊もさすがに驚いたらしく、その様子を見守る事しか出来なかった。 そんな周囲の様子もなんのその。 艶の行動はエスカレートしていった。 「ばっかじゃないの!?つか、役立たず! シュンをそんなやばいヤツのところに渡しやがってっ それでもお前は”風神”幹部か!?あ゛ぁ゛!?」 襟元を鷲掴みし、前後に爛の頭部を揺する。 見ているだけで酔いそうな光景だった。 いつもは被っている猫も、肝心のシュンがいない為、剥がれまくりである。 「艶やめろ。」 「そうだぜ、今はそんなことどうでも良いだろ」 成り行きを大人しく見守っていた昏と蓮は艶の肩に手を置く事で静止を促がす。 ”風神”の中でも年上の二人は冷静だ。 けれど、艶の怒りは収まらない。 「邪魔すんじゃねぇよ…」 「可愛い顔が台無しだぞ。」 「シュンが悲しむな。」 「…っけど!!」 一番効果のある言葉を艶に投げつけると、艶の怒りは一気に冷えたらしい。 それでも、やりきれない思いの所為か、未だに爛から手を放そうとはしなかった。 けれど、次の瞬間…パン、という乾いた音と共に艶は爛から手を放す事となった。 「…昏、落ち着け。」 「俺は落ち着いてるぞ?ただ、このガキの目を覚まさせてやろうと思っただけだ。」 音、軽かっただろう?、と昏は手をひらひらと振ってみせた。 蓮はそれに溜息を吐きつつ、艶の頭を撫でてやる。 「な、にすんの?」 「1人で粋がってるみたいだから。」 「僕のどこがっ」 粋がってると言うのかそう言おうとした艶の言葉は、吐き出されることはなく、 艶が昏の顔を見た瞬間に再び艶の中へ飲み込まれていった。 「粋がってんだよ…このクソガキが。 爛だけを責めてなんになる。 コイツがシュンを守れなかったんだとしたら、 それ食い止められなかった俺たちも同罪だ。 そんなこともわかんねぇようなら、テメェを縛り付けて溜まり場に置いてくぞ、ゴラァ。」 昏の言葉に、艶は唇を噛み締め、必死で涙を堪えている。 蓮は「あらまぁ…」と苦笑を漏らしていた。 かなり凄みのある昏のセリフに、病室内は静まり返る。 昏は溜息を一つ漏らし、更に続けた。 「だいたいな、殴るならコイツが起きてからだ。 普段シュンの独占欲分も込めてきっちり殴るぞ。」 「あぁ、いいねぇ、それ。俺も殴っとこ。」 艶は顔を上げなかったが、小さく頷く事で返答した。 「あ〜…と、話は纏まったかい? そろそろ冬路の所に殴りこみに行きたいんだが?」 空気が少し軽くなった頃を見計らって、翔伊が言った。 その言葉に、一同は勢いよく翔伊をみた。 「場所、特定できているんですか?」 礫がみんなの気持ちを代表して問うと、 翔伊は不敵な笑みを浮かべた。 「特定できているからこそ、こうして落ち着いていられるんだ。」 翔伊は一同を連れ、冬路の…否、春日の元へと向かった。 そこは何の変哲も無い、廃病院。 しかし、それは表向きだけらしく自動ドアも健在で中は綺麗だった。 人気のないそこではカツコツと靴の音がよく響き少々不快なものがあったが、 翔伊が”院長室”と書かれたプレートの前で足を止めたことで一同の顔が緊張で強張った。 「いきなりで悪いが、とっぱじめから黒幕に合うぞ。」 翔伊も緊張しているらしい、いつものふざけた口調は既に消え失せていた。 扉が開かれ、そして……… 「やぁ、久しぶり。」 冒頭へ戻る。