翔伊のところは温かい。 優しさの匂いがする。 居心地が良過ぎて、 初めのうちは涙が出た。 今は… 「どうしたんだ?春日…最近俺のとこによく来るな。」 「…別に迷惑なら…」 「違う違う違う。喜んでるの。甘え知らずの春日が俺に甘えてくれてるみたいで。」 本当に嬉しそうに笑う翔伊。 心にその温かさが充満する。 この感じが僕は好きだ。 だけど… 「ねぇ…翔伊」 「ん、どうした?」 僕は何時までここにいられるの? 「…何でもない…」 …失うのが怖いよ、翔伊… 誰か助けて。 【lost act,11】 珍しく、今日は何もない日。 比呂や秋一達とも遊ばず、 真昼先輩の誘いを断り、 雷神の面々から逃亡し、 更には風神の集まりも入れなかった。 今日はそんな気分。 誰にも会わず、ただ一人で僕はある場所に来ていた。 「…やっぱりここは、何時来ても気持ちがいいね。」 澄んだ風、それに揺られる木々、静かに波打つ海… いつもの騒がしさから一変して何処までも静かなその場所は、 「ね、そう思うよね?父さん、母さん。」 両親の墓前。 西洋風の形をした真っ白な石碑は、 二人にとてもあってる気がする。 「そこはどんなところなのかな…。」 二人の前に屈み込み、語りかける。 返事はない。 ただの、僕の独り言。 二人ともあまりにも忙しくて、 落ち着いて顔を見たのは本当に両手で数えられるほどだったと思う。 それでも、たまに僕とゆっくり出来るときはよく笑っていたと思う。 葬式のとき、涙は出なかったけれど、 絶望はその後からやってきた。 声がしないのはいつものこと。 姿が見えないのもいつものこと。 慣れているはずなのに、そこには”温度”がなかった。 何かが冷えていく感覚。 会えないながらも、確かに満ちていた”何か”。 それが、失われていくのが分かった。 僕はいつも置いてけぼり。 「最後まで…僕を置いていくんだね…」 ポツリと零れた本音。 僕はそのまま二つの墓石に包まれるようにして眠っていた。 春日が眠りに突いて数分後。 ゆっくりとした足取りで近付く者があった。 「…春日…」 翔伊だ。 眠る春日を見つめるその瞳は何処までも優しさに満ちていた。 「俺は、お前を置いていってくれた翔槻と那智さんに感謝しているんだぞ?」 そう抱き上げた春日の耳元でそっと呟き、車へと戻るべく歩き出す。 ふと、足を止め二人の墓石へと目を向ける。 「…やっぱ、ウソ。すっごく恨んでるよ、翔槻。 死んでんじゃねぇよ、ターコ。」 途端、吹き抜ける風。 (ごめんね…ありがとう。) 「…はっ、調子のんな。俺は春日バカなだけだよ。」 最後に一言だけを残し、今度こそ車へと歩き出した。 大分疲れていたのだろう。 学園へ着いても春日は起きなかった。 途中、クラスメイト二名とか、騒がしい生徒会の連中に見つかってしまった。 どうやら、春日の姿が見当たらないので一日中探していたようだ。 翔伊は何度もしつこく何処に行っていたのかと聞かれたが、答える事はなかった。 「テメェらは知らなくていんだよ。」 勝ち誇ったような笑みを浮かべ理事長室のドアを閉めてやる。 暫くの間、ドアの外で何かを叫んでいただろうが鍵を閉めて全て無視をした。 ベッドに春日を横たえさせ、布団を被せる。 「んっ…ぅい?」 「おはよう、残念だが今日はもうすぐ終わっちまうぞ。もっかい寝ておけ。 最近は色々ありすぎて疲れただろ?」 「ぅん…翔伊…」 「何だ。」 「…置いて行かないで…」 「分かってるよ…俺ももう寝るから安心しろ。」 そう言って、春日の髪を梳く翔伊。 それに安心したのか、春日は再び目を閉じた。 それから寝息が聞こえてきたことを確認し、翔伊も眠りに付いた。 こんな非日常。