LOST

夢の中の僕はとても楽しそうで 何で笑っているのか、 何が楽しいのか、 今の僕には分からなかったけれど… それでもいいやと思えるのは、 多分、 今胸が温かく感じているから 【lost act,5】 春とはいえ、 夕刻の風はまだ肌寒い。 学校は昼間の活発的な気配を潜め、 グラウンドからの野球部とサッカー部の声が響いているくらいだ。 体育館の中ではバスケ部がいるのか、 ボールの弾む音が響いている。 そんな音を聞きながら、僕は体育館倉庫にいた。 あの黒い手紙の通りに。 「よく来れたよね。ビビッて逃げ出すかと思ったのに。」 目の前には、可愛い顔をした少年が腕を組み、 背後にはガタイのいい男共を引き連れて悠然と笑っている。 あまり見たくないハーレムに僕は吐き気がした。 「ちょっと、何か言いなよ。言葉が理解できない訳じゃないでしょう?」 学年一位なんだから。と苦々しく言い放つ少年。 何の反応も示さない僕にムカついたらしい。 そんなんじゃ僕には勝てないよ? というか、 「アンタ誰ですか?」 僕は素直な今の気持ちを口にした。 少年の神経を逆撫でしてしまったかと思ったが、 少年は自分が名乗っていないことを思い出したのか、 納得したように「あぁ…」と唸った。 「ボクは多紀 真昼(タキ マヒル)。三年生。  生徒会ファンクラブを初め、 全ファンクラブの会長だよ。」 また凄い人が陰湿なことをしているもんだと思った。 得意げに言っているからまたウケる。 「その会長さんが僕のようなダサい人間に何の用ですか?」 早く終わらせたいので自ら話を切り出してみる。 その途端に多紀先輩の雰囲気が変わる。 殺気…憎悪のほうが近いかもしれない。 「君にどうしても言って置かなきゃいけないことがあるんだ。」 「何でしょう?」 「分かってるくせに」 えぇ、とっても。 「加宮君と弘瀬君のファンの子達が煩くてね。  君が近くにいるだけで彼等が汚れるって言うんだ。」 酷いよね、と微笑む多紀先輩。 アンタもそう思っているくせにと心の中で悪態を付く僕。 「言いたいことは分かるよね?」 「僕に二人から離れろ、と言いたいんですね?」 「さすが…話が早くて助かるよ。で、答えは?」 「別にどうでも。」 僕のこの答えに多紀先輩は意外そうな顔をした。 僕が泣いて媚びるとでも思ったのだろうか。 見た目がダサいからってそんな思い込みは困る。 「君は二人の友達じゃないの?」 「あれ?僕は彼らの”友達”に相応しくないんでしょう?」 「…っ…いいから、答えなよ!」 僕に揚げ足を取られ、多紀先輩の口調が荒くなった。 短気な人だ。 「友達ですよ?」 「だったら、もっと何か言うことあるんじゃないの?」 「アンタ等に、本当にそんな権利があると思っているんですか?」 「なっ…」 「聞いていれば、アンタ等は彼らを崇拝するファンクラブでしかないのでしょう?  たかがファンクラブの癖に他人のプライベートな付き合いにまで口を挟んでは  やられている方も傍迷惑な話だと思いませんか?」 だから僕からは何も言うことはないし、 言う必要もないのだと安易に伝える。 おそらく、多紀先輩は即座に理解したのだと思う。 こんなダサいやつに侮辱されて完全に頭に血が上っている。 「ボクたちを侮辱するつもり!?」 「別に?ただ、勝手に作られたファンクラブの人たちに、  人間関係まで制御されてる彼等が不憫になっただけです。」 一刀両断。 そんな言葉が合うかもしれない。 僕は憮然とそんなことを考えていた。 「話し合いは…決裂、かな?」 「そもそもこれは話し合いだったんですか?」 脅迫ではなくて? ほくそ笑みながらそう言うと、多紀先輩が、キレた。 「もういい!こいつヤっちゃって!!」 それを合図に多紀先輩の背後にいたガタイのいい先輩(?)が僕に襲い掛かってきた。 弱そう。 だって隙だらけなんだもん。 目の前のファンクラブのやつらは最初から僕の目には映っていなかったし、 何より、この僕が負けるわけないし? 現役総長嘗めんなっての。 右ストレート、左フック、膝蹴り…次々と繰り出される攻撃を、僕は軽々と避ける。 次第に、余裕顔だったガタイのいい男たちにも焦りの色が見えた。 「何であたらねぇんだよ!」 「ちゃんとやれよ!」 「うるせぇっ、じゃぁテメェが当ててみろ!」 ついには仲間割れ。 「フフっ、見苦しい。」 小馬鹿にした僕の笑いに、男たちは更に怒りを露にする。 「てめぇっ…ぶっ殺す!!!」 「ぁん?」 何か聞こえたぞ、今。 僕は近場に転がっていたボールを拾うと、 その声の持ち主に投げ付けだ。 「っ!?」 見事、腹にクリーンヒット。 メリっ、と色々と危ない音を立てながらめり込んだボールとともに、 一人の男の体が後ろへぶっ飛んだ。 一瞬、時が止まったかのような沈黙が訪れた。 皆が皆、狐に抓まれたかのような顔をして僕を見る。 「はは、凄い音…大丈夫ですか?」 僕は何でも無かったことの様に倒れた男に言う。 さすがに気は失っていなかった男が咳き込みながら僕を睨み付ける。 「テンメェ…」 「酷い顔…皺の痕、ついちゃいますよ?」 「っそ、なめやがって!!」 顔を真っ赤に染め上げながら僕を殴るために男は一直線に僕に向かってくる。 僕はその様子を見守り、男が来るのを待つ。 「ぅん…そういうの、スキ。」 やっぱ、男なら真っ向勝負だよね。 ねちねちねちねち、女みたいな事しないでさ、初めからそう来れば良いのに。 男はもうすぐ目の前。 それでも僕は動かない。 男は逆上していて僕のその不可解な行動は気にも留めていない。 残りの奴らはそいつを止めることも出来ず、固唾を呑み僕らに視線を寄せていた。 会長さんは可愛らしいその顔に似合わず黒い笑みを浮かべていた。 その顔色を蒼白に変えたくて、僕は口元だけ笑みを浮かべながら足を踏み込んだ。 「あれ?春日じゃん。」 「あ、秋一。どうしたの?」 寮の廊下で僕を呼ぶ声がして、振り返るとこそには秋一がいた。 軽く微笑むと秋一は嬉しそうに僕に駆け寄ってくる。 「春日の部屋に遊びに行こうと思って。」 「え?僕の部屋、本当に何もないんですけど…。」 「うん、そう思ったからゲーム持ってきた。」 そう言って、秋一が持ち上げた右手には紙袋。 中には本人の宣言通りゲーム機とゲームソフトが入っていた。 「何、対戦?」 「当ったり前!どうせ出来ないわけじゃないんでしょ?」 ぅん、その通りだよ。とは口に出さずに軽く微笑むだけに留めておいた。 「じゃぁ、比呂も誘いましょうか。」 「……。」 「どうかしました?」 「…ん?なんでもな〜い。」 僕はこの時の秋一の沈黙に多少の疑問を感じたものの、追求はせず、比呂の部屋へ向かう。 (…本当は二人きりになりたかったんだけど…また今度にしておこう。) 僕は秋一の思いを、まだ、知らない。