LOST

たとえば僕は、何かに興味を持ったことがあっただろうか。 たとえば僕は、何かを必要としたことがあっただろうか。 たとえば僕は、何かを感じたことがあっただろうか。 たとえば僕は… …誰かを好きになったことがあっただろうか… 【lost act,1】 春が近い。 そう思うのは桜が満開になったとか、 風が温かくなったとか、そういうことではない。 色がついたから、世界に。 地面に、木に、空に、人に、色がついたから。 だからといって何かが変わることはない。 僕は春休みを終え、新入生を向かえた学校に再び登校する。 二年生として。 違いはそれくらいなものだろう。 僕が変わったわけではない。 世界から見た僕の認識が変化しただけ。 ただ、それだけだ。 「佐渡(サワタリ)?」 突然、後ろから声をかけられ、僕は振り返る。 そこにはクラスメイトの加宮(カミヤ)がいた。 まだ二年のクラス発表はされていないから、元をつけるべきか? なんにしても、顔見知りであることに変わりはないので、 僕は笑顔を貼り付け応える。 「おはよう、加宮。」 「おっす。今登校か?早くね?」 「僕はいつもこのくらいだよ。そういう加宮こそ、早いね。」 時計はまだ、七時半を過ぎたばかり。 確かに早い。 けれど、いつもクラスに一番乗りをしていた僕には普通の時間だ。 朝はいつも人が来るまでは読書の時間と決めているのだ。 「そういやいつもいたよなお前。」 「好きなんだ、誰もいない教室。」 「そっか。」 「うん。」 他愛もない話をする。 加宮と話すことはそう多いことではなかったけれど、 クラスの中では多いほうだったかもしれない。 加宮は見掛けもさながら、性格もいい。 それ故に結構、加宮は周りの人気者だったりする。 そんな彼が何故僕に声を掛けてくれるのかはよく理解できなかったが、 まぁ、いいかと思う。 「比呂!」 「ぐふっ!?」 ”比呂”これは加宮の下の名前。 加宮を呼んだ人物は、抱き付いたつもりなんだろうか…。 確実にタックルになっている為、加宮からは似合わない奇声が上げられた。 「秋一…何すんの、お前。」 加宮は涙目になりながら抱き付いて来た人物、弘瀬 秋一(ヒロセ シュウイチ)を睨み付けた。 弘瀬は加宮よりも十センチ程身長が低い為、 腕をそのままに加宮を見上げて微笑んだ。 「何するも何も…比呂が置いて行くから悪いんじゃないか??」 「ゴメンナサイ。」 ぅん。なんとなくどういう関係かはわかった。 弘瀬は可愛い。 小さくて、ふわふわで、抱きしめたくなると巷で有名だ。 ちなみに、僕の通うここ、城咲学園ははっきり言って金持ち学校。 しかもエスカレーター式全寮制の男子校。 じゃあ、何故登校しているか。 それは勿論…校舎と寮の距離がありえないくらい長いから。 同じ敷地内の筈なのになんでだろうね…。 ホント、金持ちの考えることってわからない。 それでは何故僕がここにいるか。 僕の親は至って普通だったよ? うん、多分。 でも、二年前の冬に交通事故で二人ともポックリ逝っちゃったんだよね。 僕はこういう性格だから、ショックを表に出すこともなく、 周りの大人たちに言われるがままに葬式を済ませた。 しんみりした空気の中、突如現れたのが、 父さんの兄であり、富豪と言われている佐渡グループの現社長であり、 この学園の理事長である僕の伯父にあたる…佐渡 翔伊(サワタリ ショウイ)、その人である。 伯父さんは取り敢えず、ずかずかと墓前に近寄り、手を合わせると一言。 『翔槻(ショウキ)…息子のことは任せろ!!』 しかも、爽やかな笑顔付き。 弟が死んだというのに何という明るさだろうかと思った。 親が死んだと言うのに涙も流さなかった僕が言えることじゃないけれど。 僕は伯父さんとは始めてあった筈なのに、 伯父さんは僕に笑い掛けると白い歯を見せてニコリと笑った。 そこで初めて知った佐渡と言う名の重さ。 父の正体。 こうして僕は金持ちになった。 『君は俺を見るのは初めてだろうが、俺はずっと君を見ていた。』 『君には佐渡の姓を継いでもらいたい。』 『でも、僕は…』 『知ってるよ…君の夜の姿も』 『!?』 今でも思うけれど、あれは脅しだった。 教育も兼ねて僕は伯父の監視下の下この学園に入学させられた。 そうして一年間、僕は正体を隠しつつ、今日、二年生になった。 「佐渡?」 「あ、何?」 「いや、何か呆けてたから…。」 「ごめん、考え事。」 気が付けば、心配顔の加宮と弘瀬が僕の顔を覗き込んでいた。 二人が並ぶととても絵になる。 噂によると、付き合っているらしい。 さっきも言ったとおり、ここは全寮制で、女の”お”の字も存在しない つまり、弘瀬みたいな可愛い男の子がいたら、普通に恋愛対象になる。 僕はもともと平凡顔だし、 伯父に言われて眼鏡を掛けて更に前髪で目を隠していて、 根暗スタイルを貫き通しているからここの生徒にとってはアウトオブ眼中な訳。 変装している理由は、脅しの元でもある”夜の姿”を知ってる奴がいるから。 実は、さっきから”僕”何て言っているけれどそれは建前。 本当はガサツで結構喧嘩っ早い。 んで、負け無し。 つまり、僕の夜の姿はそういう喧嘩っ早い人たちの総長さん。 そっちの世界の方では少し有名になりすぎちゃって、昼はいつも帽子とか被ってた。 チームの名前は”風神”。 僕たちは俊足と鋭敏さを持ったチームなんだ。 結構な寮の人たちと死闘を繰り広げてきたと思う。 その中でも、”雷神”って言うチームとはいっつも張り合ってた。 ほら、運命的でしょ? ”風神”と”雷神”なんて。 伯父さん曰く、ここは、”雷神”の幹部と多少の下っ端が在校中らしい。 見つかったら何かと面倒が起こりそうだから、目立たないようにしてる。 たまにメンバーには会ってるし、僕はそれで満足。 最近、喧嘩の量もめっきり減ってるけど、全然皆は気にしてないみたい。 皆曰く、 ”喧嘩しないでシュンを守れるならそれでいいっす!!” ってことらしい。 いい仲間を持ったと思う。 あ、シュンって言うのは僕の通り名みたいなもん。 その代わり、月に三回以上会いに来て欲しいと言われた。 だから、伯父さんにも許可を取って、時間があるときはチームに顔を出している。 「佐渡…大分前から秋一と言ってたんだけど…」 「何?」 「二年もさ、また同じクラスだろうし、名前で呼んでもいい、かな?」 こちらを伺う様に加宮は言った。 弘瀬も真剣な顔をしている。 この学園は成績順でクラス分けをしているから、 いつもスリートップの僕たちは加宮の言う通り同じクラスだろうと思う。 さして仲が良い訳ではない けれど二人はとてもいいやつらだと思う。 「そうだな…いいよ?」 「「ホントに!?」」 僕はもう一度頷いた。 すると二人はスポーツ選手がするみたいに片手を挙げて空中で高らかに鳴らした。 そんなに喜ばしいことだったのだろうか?? 僕にはいまいち理解できないけれど、二人が喜んでいるからまぁ、よしとする。 「うん、加宮と弘瀬君なら構わないよ。」 「じゃ、お前も名前で呼べよな!」 「そうだよ!第一、何で比呂は”君”付けじゃないのに僕には付けるのさ!?」 「ぇ…?何かそんなイメージ、なの?」 頬を膨らませながら言う弘瀬に、どもりながら僕は答えた。 それでもまだ納得出来なかった様で、弘瀬は「むー!!」っと唸った。 うん、やっぱり可愛い。 けど… 「いいの?僕なんかとつるんでも。」 僕が聞き返すと、二人はそろって頷いた 「「てゆーか、一緒にいたいの!!」」 変わってるな〜。こんな暗そうな奴なのに。 それでも素直にうれしいと思うので、僕は少し口元を緩めた。 すると、二人が何かに驚いたように目を見開いた。 僕が首を傾げると、今度は頬を薄く染め、そっぽを向いた。 …なんだろう? 本当にわからなくて困っていると、 先に正気を取り戻したかみ…比呂が何でもないと慌てた様にに言った。 まだ少し気にはなったが聞かれたくないようなので放置した。 「早く行こうぜ、比呂、秋一。」 「!…待ってよ春日(カスガ)っ」 「へへっ。」 そうして僕の新しい学園生活が始まったのだ。